引越しを機に好転した人生

30年間ずっと独身で実家暮らしでした。その間家族の生活ペースに合わせ、外出もままならず愚痴や悪口を聞かされ、そのせいか病気を繰り返したり、やりたいことも思うように出来なくて、今振り返るとあまり充実した人生ではありませんでした。

住み慣れた地元を出る必要はなく、一人暮らしはいろいろ大変だよと周囲から聞かされていたのもあり、ずっと一人暮らしに憧れながらも、結婚するまでは実家を出るつもりはなかったのですが、30歳と言う節目を目前にして、このままではいけないと思う気持ちが湧いてきて、ついに念願の一人暮らしを始めることになったのです。

とは言っても、車で数十分の隣町への引越し。周囲からはなかなか理解されませんでしたし、確かに金銭面は大変になりました。しかしそれ以上に、人間性は格段に豊かになりました。

それまで家の中に使っていた神経を外に向けられるようになり、自分の気持ちに余裕が出来た分、社会全体のことが見えるようになり、周囲の人々を思いやれるようになりました。積極的に外出して、たくさんの人と出会い、そして数年後思っても見なかった素敵な結婚をすることが出来ました。

自分探し目的の引越しは、どうしても二の足を踏んでしまいがちですが、悩んでいる時間ももったいない。あの引越しは私にとってとても良い人生経験になり、素敵な思い出になりました。

愛媛県からの引っ越し

最初は兵庫県に住んでいたのですが、父親が肺結核になったため、父の両親が住む愛媛県の最南端へと引っ越したのでした。この時も荷物を持たない引っ越しじゃなかったかな・・・。ほとんど何もないところです。田園風景がのどかといえばそうなのですが、交通機関はバスがメインという愛媛県の中でも特に不便なところでした。

父親は隔離されて顔も見ることができないような生活が続きました。愛媛県の病院で、三種混合の抗生物質の投与が何か月も続き、次は別の抗生物質の組み合わせ。手術で半分に減った肺活量も元に順調に元に戻りかけたところで、退院となったのでした。

私が小学生の頃だったので記憶は曖昧ですが、大きな荷物はなく、シンプルな引っ越しだったような気がします。父の長い療養生活のために収入がないので、生活保護を受けながらの引っ越しでした。手荷物も何もないような貧乏人の引っ越しです。「着ている服だけは汚さないように。

他にないから」と、何度も言われました。こういう書き方だと終戦直後のようなイメージがありますが、そんなに昔ではありません。 数年間の闘病生活を経て、完治した父と家族4人揃っての引っ越しでした。何も荷物の無い引っ越しだといっても、家族が4人揃っているだけで嬉しかったあの頃が懐かしく感じたりします。愛媛県の実家と比べると、都会で生活できるという楽しみはありました。

実際にそれからの人生は楽しかったと思います。ただ、生保なので、テレビは白黒。近づかないと見えないような小さなテレビと冷蔵庫だけ家電製品はありました。服はほとんど無かったほどの貧乏生活が続きながらも楽しく生きていました。

新居探し

7年間付き合ってた彼との子供が出来て、一緒に暮らし始めるにあたり、新居を2人で探しました。 希望としては子供部屋・寝室・主人の仕事部屋が欲しかったので、3LDKで駐車場有で地下鉄か近いところ。あと値段としては9万円内と希望していい物件を探してもらいました。

マンションを何軒かみて、築年数が経っていて台所やお風呂、トイレなどの水周りがあまり綺麗じゃないところを見せられたときは、これは無いなと思いました。 もちろん綺麗なところもありましたが、地下鉄か遠くて不便なところだったりで、探してもらった物件でピンとくるものがなく、悩んでいました。

賃貸で一軒屋の物件があるから、どんなものか覗いてみましょうかと提案され全然興味は無かったのですが将来的にはという軽い気持ちで見に行きました。 築は20年くらいでしたが、概観も水周りも綺麗で、マンションの部屋と比べて、リビングも部屋も広くて、主人も私もテンションがあがり、住みたいなって思えました。

ただ、希望していた金額よりも1万円高くて、月10万円はキツイと感じて、その表情を感じた店員さんが、ダメもとで大家さんに値段交渉してみましょうか!?と提案してくれて、お願いしました。

主人は有り得ないだろうと言ってましたが、なんと大家さんもイイ方で値段を下げてくれて、即入居を決めました。その後の引越しはというと、一人暮らしをしていた時に小さな引越しをしてもらったところがあったので、その業者さんにお願いしました。

なんと沖縄に引越しをしました

私は就職のために沖縄に引越しをしました。元々は広島県に住んでいたために慣れない沖縄への引越しに緊張をしてしまいましたね。一番不安だったのが標準語が伝わるかどうか、沖縄の地元の人の言葉が理解できるかどうかであり、心配をしていたのですが、引越し後にすぐにその心配も無くなりました。

沖縄は特殊な方言を利用しているとは知っていましたが、若い人はテレビなどの影響にて標準語まじりで喋ってきますし、こちらの言葉もしっかりと理解してくれました。

引越しをした沖縄での生活ですが、やはり暑いですね。しかし寒いよりかは暑い方が好きな私は、沖縄に引越しをして良かったと感じています。

沖縄はやはり自然が綺麗であり引越しの際に訪れた時も、沖縄の綺麗な景色が珍しくて中々引越しの荷物の整理が進まなかった物です。沖縄に引越しをする、というと友達達は羨んでくれました。沖縄は美味しい食べ物がある、リゾート地、海が綺麗、暑いから気分も良くなる、といったイメージが強いようであり、まるでリゾート地に旅行に行くかのような気分にて引越しをしたものです。

引越しの値段は高くなるだろうなあと思ったのですが、そうでもありませんでした。遠ければ遠いほど高くなりますし、何せ沖縄ですので特別感があり、料金の支払いには身構えていたのですが、えっ、これだけなのか、と思うような格安料金でした。 沖縄でもテレビは見られますし、地元に居た頃のように普通に過ごせています。いつでも海に入りに行けるというのが嬉しく、休みの日は積極的に海に行って身体を癒しています。南国、というのはやはり人の心も身体も癒してくれます。

私の初めてのひとり暮らし

私が実家から引越しをして、同じ市内でひとり暮らしをし始めたのは20歳の時でした。初めてのひとり暮らしということもあり、自分の城が持てる喜びにウキウキしていました。

引越し先を決める時は、地元の有名な不動さん屋さんに行きました。色々な場所や間取りの物件を紹介してもらいました。その中で新築のお手頃物件があったので、そこに決めました。間取りは1DKで小さいお風呂もついていました。

実家は5LDKだったので、とても狭く感じました。しかし新築でピカピカでしたし、全てを自分好みにできるので満足でした。一応部屋が二つに分かれているので、リビングと寝室を分けることができます。両方合わせても14畳だったので、実家のリビングと同じ位の大きさでした。ワンルームの方が広々使えそうな気もしますが、私は寝室と居間をどうしても分けたかったので、1DKにしました。

引越しをしてから、そこから毎日会社に通い料理もしました。駐車スペースがあるので車通勤することができました。キッチンは狭かったですが、なんとか料理や洗い物をするスペースは確保されていました。

ひとり暮らしは予想以上に快適でした。新築なので家のトラブルも無かったですし、部屋が狭いので掃除もすぐ終わります。洗濯も1人分なので週に1回で済みました。友達も自由に遊びに来たり、泊まっていったりしていました。

その時にはご飯を一緒に作って食べたり、お風呂も貸してあげました。実家にいる時にはなかなか自由にできませんし気を遣いますが、自分だけの家なので気楽にできて良かったです。